AI研究開発をめぐる日独協力が深化

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2022年9月14日
【文:熊谷 徹】
人工知能(AI)の経済・社会での重要性が日に日に高まる中、日独の学界の間でAIの研究開発に関して協力関係が深まりつつある。今年秋には、東京で日独仏AIシンポジウムも開かれる。

2022年7月1日、日独のAI研究の第一人者たちの協力関係の深まりを象徴するニュースが流れた。ドイツのAI研究の中心であるドイツ人工知能研究センター(DFKI=本部・カイザースラウテルン)が、6月30日に大阪公立大学との間で連携協定を締結したのだ。さらにDFKIは、同大学に「DFKI日本ラボ」を開設することを発表したのだ。DFKIが国外にAI研究所(支部)を開設するのは、日本が初めてである。
大阪公立大学は、今年4月に大阪府立大学と大阪市立大学を統合して創設された。大阪府立大学は、25年以上前からDFKIと交流を続けてきたが、このことが今回の締結協定につながった。

大阪で行われた締結式で、大阪公立大学の辰巳砂昌弘学長は、「DFKIとAIに関する基礎研究・応用研究で協力してきたが、今回の締結協定によってこの歩みをさらに発展させ、知識や技術の移転、若手研究者の育成など提携を深めていきたい」と語った。DFKIのアントニオ・クリューガ―CEO(最高経営責任者)も、「私たちは、長きにわたり日本の研究機関や企業との良好なパートナーシップを築き、人々や社会のために人工知能を活用するという大阪公立大学との共通理念のもと、日本におけるDFKIの事業展開を進めてきた。国際競争力を高めるため、未来に関連する研究テーマにおいて、同じ志を持つパートナーであり高度技術を持った日本との協力関係を、深めていきたい」というメッセージを寄せた。

大阪公立大学情報学研究科の黄瀬浩一教授は、これまで長年にわたり、DFKIのエグゼクティブ・ディレクターであるアンドレアス・デンゲル教授と共同で研究を行ってきた。(デンゲル教授は、大阪府立大学の名誉教授も務めていた)

このため、DFKIと大阪公立大学は、黄瀬教授をDFKI日本ラボに関するプロジェクトのコーディネーターに任命した。黄瀬教授によると、両者の共同研究の重点はスマート・シティー、スマート大学、AIの自己学習、AIの医学への応用などに置かれる予定だ。大阪とカイザースラウテルンを中心として、日独間のAIをめぐる知識と情報の共有が進み、共同研究が深化することは喜ばしいことだ。
https://www.dwih-tokyo.org/ja/2022/07/12/dfki-signs-mou-for-research-lab-in-japan/

在日ドイツ大使館のローター・メニケン科学技術担当参事官によると、2022年7月の時点で日独仏の9件のAI研究プロジェクトが、ドイツ研究振興協会(DFG)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)、フランス国立研究機構(ANR)による助成を受けている。AIはIoT、量子コンピューター、6Gなどと並んで、21世紀以降の各国間の経済的な国際競争にも大きな影響を与えるテクノロジーだ。それだけに日独仏の政府は、傑出したプロジェクトに対する公的資金の投与を惜しまないのだ。

メニケン科学技術担当参事官は、日本の主要なAI研究プロジェクトを網羅したレポートを公表し、その中で「日本政府は、経済と社会のデジタル化計画『Society 5.0』を進めているが、その中でAIは中心的な役割を果たす。このため日本政府の経済政策に関する基本計画や科学技術の振興に関する戦略文書の中で、AIは最重要の投資項目の一つと位置付けられている。日本政府はAIの研究開発には国際協力が不可欠と見ており、特にドイツを重要なパートナーと考えている」と分析している。

2022年10月には、これらの3ヶ国のAIに関する科学者、専門家たちが東京の日本科学未来館に結集する。日本の人工知能研究開発ネットワーク、DWIH東京(ドイツ 科学・イノベーション フォーラム東京)、在日フランス大使館が第3回・日独仏AIシンポジウムを開催するからだ。
https://www.dwih-tokyo.org/ja/event/ai3/

テーマは「人新世における地球規模の課題のためのAI」。今回のシンポジウムは、2018年、2020年に続いて3回目。過去のシンポジウムでは、日独仏の学界、経済界、政官界から延べ150人を超える講演者が登壇し、約1300人が参加した。
人類が2020年以来、新型コロナウイルスによるパンデミックに苦しみ続けている中、「人新世における地球規模の課題のためのAI」というテーマは極めてタイムリーだと思う。さらに世界各地で深刻な旱魃、異常高温、森林火災、海面の上昇、大規模な水害などを引き起こしている地球温暖化と気候変動も、人新世のグローバルな試練に他ならない。

コロナ禍は、人類が体験する最後のパンデミックではない。一部の科学者たちは、地球温暖化が引き起こす植生の変化により、動物たちが人間の生息環境に近づくので、将来は動物から人間に感染するウイルスによって新たなパンデミックが起こると主張している。

AIは、地球温暖化、気候変動、パンデミックなどのグローバルな試練に備えたり対策を取ったりする上で、我々人類に有用なヒントを与えてくれるかもしれない。

さらにAIの活用は病気の予防や診断、新薬の開発においても飛躍的な進歩を可能にするかもしれない。

もう一つは、AIと倫理、人権保護の問題だ。2022年2月24日のロシアのウクライナ侵攻以来、世界は大きく変化している。日本や欧州連合(EU)加盟国とは異なり、議会制民主主義、三権分立、人権の保護、言論や思想の自由を重視しない国が、隣国を侵略するという異常事態を我々は経験しつつある。欧州にとっては、第二次世界大戦以来最も深刻な安全保障上の危機である。

強権国家の中で人権や個人情報を重視していない国々もある。しかしこれらの国々は、すでにAI技術を経済的・軍事的な目的のために活用している。倫理を重んじない国がAIを使った場合、このテクノロジーが政府に批判的な市民の監視、行動確認や訴追、弾圧のために悪用される危険がある。一部の国がすでに開発中のロボット兵士やロボット警察犬は、AI抜きには機能しない。倫理なき権力者によって使われた場合、AIは両刃の剣ともなり得る。我々はAIに何を許し、何を禁じるべきなのか。人類がAIをどのようにコントロールして、AIがもたらす恩恵を極大化するべきかは、極めて重要なテーマである。

欧州だけではなくアジアでも地政学的リスクが高まりつつある今日、日独仏のAIの専門家たちには、純粋に技術的な側面だけではなく、その社会学的、政治的な意味についても十分に議論を戦わせてほしい。

熊谷徹氏プロフィール

1959年東京生まれ。1982年早稲田大学政経学部経済学科卒業後、NHKに入局。日本での数多くの取材経験や海外赴任を経てNHK退職後、1990年からドイツ・ミュンヘンに在住し、ジャーナリストとして活躍。ドイツや日独関係に関する著書をこれまでに20冊以上出版するだけでなく、数多くのメディアにも寄稿してドイツ現地の様子や声を届けている。

関連イベント情報:

第3回日独仏AIシンポジウム:人新世における地球規模の課題のためのAI (10月27・28日、日本科学未来館/オンライン)

第3回日独仏AIシンポジウムでは、人類が直面する人新世の地球規模の課題への取り組みについて、学界、産業界、官公庁のステークホルダーが議論し、持続可能な社会の実現に向けたビジョンを共有します。

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公開日: 2022年9月14日