Future of Work―デジタル化で未来の働き方はこう変わる
2021年6月16日
【文:熊谷 徹】
2020年春から続いているコロナ禍は、日独で働き方を大きく変えつつある。デジタル化、リモート化、AIの普及、ロボットの導入が加速されている。特にドイツでは、コロナ禍が将来終息した後も、テレワークが通常の勤務形態の一部になるという見方が有力だ。さらに、将来インダストリー4.0を深化、普及させることで、金融サービス・IT企業だけではなく、製造業にもテレワークを拡大することが重要な課題となっている。
人間と機械のインターフェイスについて議論
2021年4月6日にはドイツ 科学・イノベーション フォーラム東京(DIWH東京)主催で「未来の働き方」をテーマにオンライン座談会が開かれ、ミッテルヘッセン工科大学のニルス・マデーヤ教授や、公益財団法人さいたま市産業創造財団 の佐々木哲也事務局次長ら日独の研究者、知識人ら8人がディスカッションを行った。この時には、現在人間が行っている介護や製造プロセスなどをロボットや機械に任せることの長所や短所、配慮するべき点などについて活発に議論が行われた。
YouTube DWIH COFFEE TALK #2「THE FUTURE OF WORK: 新たな技術と労働環境」
テレワーク革命が進むドイツ
ドイツは、去年春のパンデミック勃発以降、テレワーク(在宅勤務)が最も積極的に行われるようになった国の一つである。私は31年前からドイツに住んでいるが、2020年3月前と、それ以降では多くの企業、役所や研究所などで働き方がガラリと変わってしまった。その急激な変化は、「テレワーク革命」と呼んでも大げさではない。
2020年春にコロナ禍が起こると、この国の多くの企業は、驚くべき速さでテレワークを拡大した。金融サービス企業やIT企業では、多くの経営者たちが「テレワーク中心の働き方への移行は、容易だった」と語っている。その理由の1つは、21世紀に入ってから多くの企業が労働時間の柔軟化のために、事業所評議会(企業内の組合)との間でテレワークを可能にする合意書に調印していたことや、一部の企業がオフィス以外の場所で働けるITインフラの構築をすでに始めていたからだ。つまりドイツでは、図らずもテレワーク革命のための基盤が準備されていた。
ドイツのIT通信ニューメディア産業連合会(BITKOM)が発表した推計によると、2020年12月の時点でオフィスに全く行かずに、100%自宅で働いていた会社員の数は約1050万人。これは就業者全体の約4分の1にあたる。1週間の内、数日テレワークを行っている人も含めると、約45%が少なくとも部分的に自宅で働いていたことになる。
これらの企業では、テレワークを拡大した後も業務に支障が出なかった。それどころか、多くの社員たちが「オフィスで働く以上に生産性が向上した」と答えている。
2020年春のコロナ・パンデミック第1波の際に、ドイツの企業は日本企業よりもはるかに積極的にテレワークを実施した。
企業の7割が「テレワーク実施」と回答
フラウンホーファー労働経済・組織研究所(IAO)とドイツ人事労務協会(DGFP)は、2020年5月5日から22日までに、500社の企業を対象としてテレワークに関するアンケートを行った。同年7月に公表された調査結果によると、「社員にテレワークを行わせている」と答えた企業の比率は、コロナ禍勃発前には32%だった。だがコロナ禍が始まって以降は、回答企業の70%が「全ての社員もしくは大半を自宅で働かせた」と答えた。
またベルリン商工会議所が2020年7~8月に約300社の企業経営者を対象に行ったアンケート調査でも、「コロナ禍の勃発以来、テレワークを拡大した」と答えた回答企業の比率は、65.8%にのぼった。
これらの意識調査から、2020年春のコロナ第1波の時には、ドイツ企業のほぼ6~7割が社員にテレワークを行わせていたことがわかる。これは日本の数字を大きく上回る。
テレワークが将来の勤務形態の一部に
ドイツでは、将来コロナ禍が過ぎ去った後もテレワークが通常の勤務形態の一部として定着するという見方が有力だ。その理由は、ロックダウンの際に、テレワークが社員からも会社からも歓迎されたからだ。労使ともにテレワークに対する評価は前向きである。テレワークは雇用者と被雇用者の双方に恩恵を与える、いわば「ウィン・ウィン」の状況を生んだ。
特に会社員など被雇用者たちの間では、在宅勤務は好評である。その最大の理由は、通勤時間がゼロになったほか、いつ働くかを自分で自由に決められるようになったため、ワークライフバランスが向上したからである。
公的健康保険の運営者であるドイツ一般健康保険(DAK)が2020年7月に公表したアンケート調査結果によると、同年春のコロナ・パンデミック第1波で初めて長期間のテレワークを経験した社員の約77%が、「将来も、少なくとも部分的にテレワークを続けたい」と答えた。またテレワークを時々経験した社員の間でも、約62%がテレワークの継続を望んでいる。
ミュンヘン市役所の職員組合が2020年11月に実施したアンケートによると、回答者の75%が、「将来も定期的にテレワークを行いたい」と答えた。
これらの調査結果は、多くの社員や公務員が「仕事が100%在宅勤務になることは望まないが、週の間に何回かテレワークができるようになればよい」と考えていることを示している。ちなみにミュンヘン市役所でのアンケートでは、回答者の50%が「将来は主にテレワークで働きたいので、役所に自分の机がなくなっても良い」と述べている。彼らはよほどテレワークが気に入ったのであろう。
突貫工事でITインフラを整備・強化
とはいえドイツ企業も、2020年3月にコロナ禍が起きるまでは、社員の大部分を自宅で働かせたことは一度もなかった。コロナ前には、スカンジナビア諸国に比べると、ドイツでテレワークを行う社員の比率は低かった。ドイツでも日本と同じように「仕事はオフィスで行うもの」と考える経営者が多かったのだ。
しかしコロナ発生により、多くの企業は感染リスクを減らすために、大半の社員を自宅で働かせることを余儀なくされ、状況は一変した。
企業経営者たちは、業務が滞るのを防ぐために、極めて短期間にITに関するキャパシティー(容量)を拡充しなくてはならなかった。多数の社員が ZoomやSkype、Webex、Teamsなどを使ってオンライン会議を行うと、行き来するデータ量が飛躍的に増え、ITシステムへの負荷が増加するからだ。
さらに社員は自宅から会社のITシステムにログインして、オフィスにいる時と同じように、クラウド内のファイルに保管されている文書を直したり、計算作業を行ったりする必要がある。この際には、ハッカーのITシステムへの侵入やデータの盗難などのサイバー攻撃を防ぐために、ヴァーチャル・プライベート・ネットワーク(VPN)などの技術によって、データが行き来する回線を守る「防護トンネル」を設置しなくてはならない。しかもハッカーが次々に繰り出す新しい攻撃手段に備えるために、VPNを常に更新・強化する必要がある。コロナ禍が勃発して以降、世界中で企業・市民に対するサイバー攻撃の件数が増加していることを考えると、防護措置は極めて重要だ。
また社員たちが自宅から契約書などに電子的に署名したり、会社のスタンプを押したりできる態勢を整えることも重要だ。
ドイツでは多くの企業のIT担当者たちが2020年3~4月に突貫作業を行って、大半の社員がテレワークをできる態勢を短期間で作り上げることに成功した。大企業を中心に、デジタル署名や電子スタンプも浸透した。IT部門によるインフラ拡充・増強の努力がなかったら、大規模なテレワークの実施は、絵に描いた餅に終わってしまっただろう。
「オフィスで働くより生産性が高い」という社員も
この結果、製造業や店頭での小売業などを除く多くの企業では、大多数の社員が出社しなくても売上高や生産性を維持することに成功し、業務に大きな支障は出なかった。
それどころか、「テレワークの方がオフィスで働くよりも生産性が高い」と考える人も少なくない。DAKが2020年7月22日に公表したアンケート結果によると、約7000人の回答者の内「テレワークの方がオフィスよりも生産性が高い」と答えた人の比率は半数を超えていた。また「テレワークに適した業務ならば、自宅でもオフィスと同じように処理できる」と答えた人の比率は、80%を超えた。
BITKOMのアンケート調査でも、回答者の過半数(57%)が「テレワークの方が生産性が高い」と答えており、「生産性が低い」と答えた人の比率(9%)を大きく上回った。
シーメンス、テレワークを組み込んだ勤務体系を導入へ
ミュンヘンに本社を持つ総合電機・電子メーカーのシーメンスは、2020年7月に「コロナ・パンデミックが終わった後も、全世界の社員の約半数が、週に2~3回はテレワークを行なえる制度を導入することを、取締役会で決定した」と発表した。ドイツの大手企業の中で、テレワークを勤務形態の一部にすることを公表したのは、シーメンスが最初だ。
テレワークを行うかどうかは社員の判断に任され、強制はしない。同社はこのプロジェクトを「ニュー・ノーマル・ワーキング・モデル」と名付け、43ヶ国で働く約29万人の社員の内、48%に相当する約14万人の社員に適用する。同社では2020年春のロックダウンの後に、社員に対してアンケート調査を行ったところ、回答者の60%が「将来も部分的なテレワークを希望する」と答えた。ただしこの制度は、工場など製造現場で働く社員には適用されない。
同社のローランド・ブッシュCEO(2020年7月当時は最高業務責任者=COO)は、「コロナ危機はデジタル化を加速した。ロックダウンの期間中、我が社ではテレワークが非常にうまく機能した。社員たちは効率的に働き、生産性は高かった。テレワークは企業にとって良くないという偏見は雲散霧消した」と語る。
2020年7月の時点で、シーメンスでは毎日世界中で約80万件のリモート会議が行われていた。ブッシュ氏は、「我が社は、テレワーク社員の増加を考慮に入れた企業組織の改編も検討している。管理職による社員の業績の査定や指導の仕方も、従来のようなオフィスワークを前提にした物ではなく、テレワーク時代に適した物に変更していく。その際に評価の基準となるのは、仕事の成果だ。シーメンスは働き方に関する発想の転換を進めていく」と語り、テレワークを導入する企業では、成果主義そして社員の自己責任や自律性が一段と重要になるという見解を強調した。
ただしシーメンスは、同社の仕事が100%テレワークに移行するとは考えていない。むしろオフィスワークとテレワークが混在する「ハイブリッド型」の働き方になるという意見が有力だ。
つまりチームの意見交換、ブレインストーミングが必要な作業についてはオフィスに出社するが、メールに返事を書いたり、データの整理を行ったりする場合には、自宅でテレワークを行う。しかもどの日にオフィスで働くかは、業務や課題に応じて社員が自分で決めることができる。
顧客との打ち合わせや交渉の大半はリモート会議で行われるようになるので、リアルの出張はコロナ前に比べて大幅に減る。企業にとっては出張にかかる経費を削減できるという利点、社員にとっては家族と過ごすプライベートな時間を出張のために犠牲にせずに済むという利点がある。
インダストリー4.0の普及で製造業界にもテレワークを
今後の課題は、現在のところテレワークが難しい製造業界で、いかにしてリモートワークを増やすかである。ここで重要な役割を果たすのが、ドイツ政府と科学界が2011年から進めている製造業のデジタル化に関する国家プロジェクト・インダストリー4.0だ。
インダストリー4.0の世界では、部品、工作機械、産業用ロボット、ITシステムなどが互いに交信し合い、データをリアルタイムで交換する。エンジニアたちは部品や製品の「デジタル化した双子」を作り、このバーチャル・コピーを使って実証実験やデザイン、耐久性の検査などを実施する。そうすれば、社員は必ずしも工場や実験室に行く必要はない。
デジタル化・自動化が進んだ未来のスマート工場では、労働者は肉体労働を産業用ロボットに100%任せる。労働者は自宅からPCにログインして、スマート工場での製造プロセスを監視し、コントロールするというよりクリエイティヴな業務を担当することになる。スマート工場にはセンサーの監視網が張り巡らされているので、電圧の変化など異常の兆候があれば、直ちに管理者に通報されて、人間が必要な措置を取ることができる。
つまりコロナ・パンデミックの経験により、製造業界の多くの経営者たちが、リモート製造などデジタル化の重要性を強く認識したのである。万一工場などにアクセスできなくなった場合にも、業務を続けるためのレジリエンス(耐性)を強化するためだ。
実際、BITKOMが毎年公表しているアンケートの結果によると、パンデミック発生後は製造プロセスのデジタル化を実施もしくは計画する企業の比率が、コロナ前に比べて大幅に増えている。
テレワークの法制化についての議論も進んでいる。メルケル政権は、今年1月下旬に政令を発布し、テレワークが可能な企業に対して、特段の事情がない限り社員にテレワークを許可することを義務付けた。つまり製造業などテレワークができない業種を除き、全ての企業は社員に自宅で働くことを許可しなくてはならない。
この政令の下では、社員はテレワークを行うかどうかを選ぶことができた。だが今年4月に感染症防止法が一時的に強化された時には、業務に支障がない限り社員はテレワークを行うよう義務付けられた。実施時期が限られていたとはいえ、ドイツでテレワークが事実上義務化されたのは、初めてだ。
さらに現在政党支持率調査で首位に立ち、今年9月26日の連邦議会選挙で政権入りの可能性が強まっている緑の党は、労働者のテレワーク権を恒久的に法制化することを提案している。
ドイツのテレワーク革命は、我々の未来の働き方について考える上で、重要な示唆を与えてくれる。
DWIH東京シリーズ「在独ジャーナリスト 熊⾕徹⽒から見たドイツの研究開発」の全記事はこちら
熊谷徹氏プロフィール
1959年東京生まれ。1982年早稲田大学政経学部経済学科卒業後、NHKに入局。日本での数多くの取材経験や海外赴任を経てNHK退職後、1990年からドイツ・ミュンヘンに在住し、ジャーナリストとして活躍。ドイツや日独関係に関する著書をこれまでに20冊以上出版するだけでなく、数多くのメディアにも寄稿してドイツ現地の様子や声を届けている。