ドイツ政府の気候保護政策の現状と課題
2020年12月23日
【文:熊谷 徹】
ドイツは、二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの削減に世界で最も積極的に取り組んでいる国の一つだ。メルケル政権は2019年12月18日に、世界で初めて「気候保護法(Klimaschutzgesetz)を施行させ、CO2排出量の目標達成を法律によって義務化した。だが経済の非炭素化への道程は、平坦ではない。
2050年正味ゼロをめざす
この法律によると、ドイツ連邦政府はエネルギー、交通、建物からの暖房などそれぞれの部門について削減目標を定め、担当省庁の大臣に毎年進捗度を点検させる。たとえば経済大臣はエネルギー部門、交通大臣は自動車などの交通機関、農業大臣は農業からの温室効果ガスの排出量の削減について、責任を持つ。
具体的にはドイツ政府は温室効果ガスの排出量を2030年までに1990年比で少なくとも55%減らし、2050年までに正味ゼロにするという目標を掲げている。
2020年の目標は未達成に
2020年8月に公表された2019年版気候保護報告書によると、2018年のドイツの温室効果ガスの排出量は8億5800万トンだった。これは1990年比で31.4%の減少を意味する。
実はメルケル政権は、2020年末までに温室効果ガスの排出量を1990年比で40%減らすという目標を掲げていた。しかし同報告書は、「2020年末の温室効果ガスの排出量の減少率は1990年比で約36%になり、40%削減するという目標は達成できないだろう」と指摘している。
その理由は、電力・ガスなどエネルギー業界で温室効果ガス排出量の削減努力が順調に進んだのに対し、交通部門と建物の暖房部門での削減が予定通りに進んでいないためだ。
特に気候保護報告書が問題視しているのが、交通部門である。交通・輸送機関からの温室効果ガスの排出量は、全体の約19%に相当する。メルケル政権によると、2020年末の車や船舶、航空機などからの温室効果ガスの排出量は、1990年に比べて約2%増える見通しだ。
https://www.bmu.de/fileadmin/Daten_BMU/Download_PDF/Klimaschutz/klimaschutzbericht_2019_kabinettsfassung_bf.pdf
モビリティ転換の難しさ
欧州随一の自動車王国ドイツの繁栄は、ガソリンとディーゼル・エンジンによって築かれてきた。メーカーは政府のモビリティ転換政策に賛成しているものの、ビジネスモデルを一朝一夕に変えることは難しい。最近ドイツの路上で電気自動車(EV)を見かける頻度が以前に比べて増えてきたとはいえ、市民の間では化石燃料を使う自動車に対する人気が相変わらず高い。
2020年上半期にドイツで使われていたEVの数は約14万台にすぎない。特に高速道路(アウトバーン)で時速200km近いスピードを出しながらビュンビュン走っている車の大半は、ガソリンかディーゼル・エンジンの車だ。
このためメルケル政権はEVの充電スタンドを大幅に拡充し、2030年までにEVの数を700万~1000万台に増やすという目標を掲げている。また、コロナ危機による不況の悪影響を緩和するための景気刺激策には、EV購入者に最高6000ユーロ(72万円・1ユーロ=120円換算)の補助金を支給する支援策も盛り込んだ。それでも、あと10年間でこれだけ多数のEVを普及させることが本当に可能かどうかは、未知数だ。
また乗用車とは異なり重量が大きいので、低速でも大きなパワーを必要とするバスやトラック、貨物船などの動力源を、ディーゼル・エンジンから蓄電池に変えることは技術的に難しい。ドイツ政府が水素を使った合成燃料を普及させることで、これらの車両や船舶、航空機の非炭素化を目指しているのはそのためだ。
古い住宅のリフォームも不可欠
メルケル政権は「2030年までに55%削減という目標の達成には、交通部門と建物について温室効果ガスの排出量を大幅に減らさざるを得ない」と説明している。
冬の寒さが厳しいドイツでは、建物の暖房効率の改善が不可欠だ。この国では、第二次世界大戦前に建てられた建物(Altbau)が美しく改修されて今でも使われている。こういった建物には、現代のビルにはない独特の趣があるが、窓やドアの密閉性が悪く、暖房効率が低いアパートやオフィスもある。そこでメルケル政権は、窓のリフォームなどにかかった費用を所得税の課税対象額から控除する制度を導入し、暖房効率の改善を奨励する方針を打ち出している。
また灯油など化石燃料を使う暖房装置を、再生可能エネルギーなどを使う新しい暖房装置に変える場合、国が費用を40%まで負担する。さらにメルケル政権は、2026年以降は、灯油を使う暖房装置の新設を禁止した。
モビリティ転換や建物・暖房のリフォームによって、ドイツ人たちが2030年までに温室効果ガスの排出量を55%減らせるかどうかは、「2050年正味ゼロ」を実現できるかどうかを占う上で重要な里程標となる。
世界で最も野心的な気候保護政策を進めつつあるドイツだが、その道のりは険しい物になりそうだ。
DWIH東京シリーズ「在独ジャーナリスト 熊⾕徹⽒から見たドイツの研究開発」の全記事はこちら
熊谷徹氏プロフィール
1959年東京生まれ。1982年早稲田大学政経学部経済学科卒業後、NHKに入局。日本での数多くの取材経験や海外赴任を経てNHK退職後、1990年からドイツ・ミュンヘンに在住し、ジャーナリストとして活躍。ドイツや日独関係に関する著書をこれまでに20冊以上出版するだけでなく、数多くのメディアにも寄稿してドイツ現地の様子や声を届けている。