ドイツのイノベーション・パワーハウスNRWが日本にとって重要な理由

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2021年9月24日

【文:熊谷 徹】

2021年6月16日、ノルトライン=ヴェストファーレン(NRW)州の州都デュッセルドルフで「NRW・日本サミット」が開かれた。会議では日独両国のイノベーションの実例が紹介され、企業関係者らによるパネルディスカッションが行われた。

「NRWはイノベーションの推進役」

NRW州政府のアンドレアス・ピンクヴァルト経済イノベーション大臣は、「NRW州はドイツのイノベーションの重要な推進役だ。この役割を将来さらに強化するために、我々は外国の科学者、研究者、企業関係者との国際的なネットワークを築き上げたい。戦略的な協力関係を結ぶことによってのみ、我々は新しいアイデアをビジネスとして応用することができる。その意味で、長年にわたり協力してきた日本との繋がりは、極めて重要だ」と述べた。
またNRW州への外国企業の誘致などを担当しているNRWグローバル・ビジネス社のフェリックス・ノイガルト最高経営責任者(CEO)も、「日本企業のNRW州への関心は、今も強い。2020年にはコロナ・パンデミックにもかかわらず、多くの日本企業がNRWに事務所を開いたり、拠点を拡大したりした。NRW州政府が経済政策の重点をイノベーションに置いているために、技術を重視する企業にとっては、NRWの重要性は今後も増すに違いない」と語っている。

大学・研究所が結集した知の殿堂

約1793万人が住むNRW州はドイツで人口が最も多い他、2020年の国内総生産(GDP)は6970億ユーロ(90兆6100億円・1ユーロ=130円換算)で、ドイツで首位に立っている。
NRW州の強さは、イノベーションで傑出した大学や研究機関が多いことだ。特にドイツを代表するアーヘン工科大学、ボン大学、ケルン大学の頭文字を取って、ABC地域と呼ばれることもある。特に約550人の教授、約5800人の研究者を擁するアーヘン工科大学(RWTH Aachen)は、ドイツで最も傑出した技術系の高等教育機関の一つとして知られる。約4万7000人の学生の内、57%が工学、23%が数学もしくは自然科学を勉強している。
たとえばドイツの大手自動車メーカーの取締役や部長の間には、アーヘン工科大学出身者が少なくない。
同大学の特徴の一つは、研究者が大学で開発した新しい技術を基に起業するケースが多いことで、1984年以来アーヘン工科大学から約500社が誕生している。これらの企業に部品などを供給する会社も含めると、約8000人分の雇用を創出した。同大学は2000年に「起業家支援センター」を開き、アーヘン商工会議所と協力して、独立を目指す研究者・技術者に援助の手を差し伸べている。このためアーヘン工科大学の周辺には、マイクロソフト、フォード、エリクソン、ユナイテッド・テクノロジーズなどの外国企業も拠点を設け、同大学との協力関係を深めている。

日本のイノベーション・プロジェクトと多くの接点

この他NRW州には、ユーリッヒ研究所、フラウンホーファーIPT(生産技術研究所=アーヘン)、フラウンホーファーFIT(応用情報技術研究所=ザンクトアウグスティン)、ドイツ航空宇宙センター(DLR=ケルン)、マックスプランク研究所のケルン、ボン支部(本部はミュンヘン)、ドイツ研究センターヘルムホルツ協会(ボン)など著名な研究機関が集中している。
NRWグローバル・ビジネス社のフェリックス・ノイガルトCEOによると、NRW州のスタートアップ企業が特に重点を置いている分野は、製造業のデジタル化であるインダストリー4.0(IoT)やスマート製造技術、自動車の電化やデジタル化(スマート・モビリティ)、量子コンピューター、新素材、エネルギーのグリーン化、水素エネルギーの実用化、医療技術などである。
日本政府と産業界、科学界は経済と社会の総合デジタル化計画であるソサエティー5.0を進めているが、このプロジェクトにはドイツのインダストリー4.0と重なり合う部分も多い。
さらに日本の基幹産業の一つである自動車産業も、ドイツ同様に内燃機関から電気自動車への転換と、ソフトウエアが中心のコネクテッド・カーの開発という、19世紀の自動車発明以来最も大きな転換期を迎えている。
また日本政府も2050年までにカーボンニュートラル達成を目指しているが、「温室効果ガスの大幅削減には、鉄鋼業界、化学業界、アルミ業界などが使っている化石燃料を再生可能エネルギー由来のグリーン水素によって代替する必要がある」という指摘も出ている。日本の水素技術は世界でもトップクラスにあるが、実証実験の結果をドイツと相互に交換することで、研究開発が飛躍的に進む可能性もある。(関連記事:ドイツの水素戦略日独の水素プロジェクト
このため日本の産業界にとって、NRW州の企業や研究機関との協力・情報交換は極めて重要な意味を持っている。

日本とNRW州の間には緊密な協力関係

ちなみに日本とNRW州の繋がりの歴史は長く、デュッセルドルフに日本商工会議所が設立されたのは1966年3月である。55年後の今日、この商工会議所には、NRW州にある日系企業の正会員が306社、ミュンヘン、ハンブルク、フランクフルトなどその他の地区にある日系企業、非日系企業231社が参加している。(企業数は2021年1月現在)欧州にある日系企業の商工会議所としては、最大の規模を持っており、ドイツで活動する日本企業にとってNRW州との間の重要な橋渡し役を務めている。またNRWグローバル・ビジネス社は、日本にも拠点(NRW州貿易投資振興公社・日本法人)を持っている。ドイツの16の州政府の内、日本に拠点を置いているのは、NRW州とバイエルン州だけだ。この2州が、日本との関係をいかに重視しているかを物語る事実である。
NRW州はドイツのイノベーションの源泉の一つとして、今後も日本にとって注目すべき地域であり続けるに違いない。

NRW州と日本のビジネスにおける連携について詳しく知りたい方は、DWIH東京サポーターのNRW.Global Business Japan (株式会社NRWジャパン)ドイツ ノルトライン・ヴェストファーレン (NRW) 州貿易投資振興公社 のウェブサイトをご覧下さい。

DWIH東京シリーズ「在独ジャーナリスト 熊⾕徹⽒から見たドイツの研究開発」の全記事はこちら

熊谷徹氏プロフィール

1959年東京生まれ。1982年早稲田大学政経学部経済学科卒業後、NHKに入局。日本での数多くの取材経験や海外赴任を経てNHK退職後、1990年からドイツ・ミュンヘンに在住し、ジャーナリストとして活躍。ドイツや日独関係に関する著書をこれまでに20冊以上出版するだけでなく、数多くのメディアにも寄稿してドイツ現地の様子や声を届けている。