コロナ後のレジリエンス(耐性)の強化へ向けて―新たなグローバル危機に備える日独の努力―
2021年3月2日
【文:熊谷 徹】
新型コロナウイルスは、衰えを見せていない。本稿執筆中の2021年1月7日の時点では、日本とドイツの新規感染者数は急増している。ドイツでは毎日少なくとも1万人の新規感染者が見つかっており、時には2万人を超える日もある。このため同国政府は2020年11月3日から全ての飲食店の営業を禁止した他、12月16日からは学校の休校や大半の商店の営業禁止を含む厳しいロックダウンを1月末まで実施。日本でも1月7日から1ヶ月にわたり東京都と周辺の三県に緊急事態が宣言された。
ドイツの研究機関はレジリエンスの数値化と分析を提唱
パンデミックが長期化し経済への悪影響が懸念される中、日独の学界、経済界、官界では将来パンデミックのような世界的危機に対するレジリエンス(耐性)を強化する方法について、議論が行われている。
ドイツのシンクタンクであるフラウンホーファー研究機構・エルンスト・マッハ短期ダイナミズム研究所(EMI)のアレクサンダー・シュトルツ所長は、10年前から様々な非常事態に対する社会の耐性について研究してきた。シュトルツ氏は、2020年に「コロナ危機の経験を生かして、新たなチャンスに変えよう」と命名した研究プロジェクトを実施。Prepare(準備), Prevent(防止), Protect(保護), Respond(反応), Recover(回復)という5段階の対策を事前に準備し、パンデミックのような大規模な非常事態の発生に備えることを提案している。シュトルツ氏は、「今後はレジリエンス工学によって、企業や経済の耐性を数量化することが必要だ」と指摘する。具体的には、EMIは様々なシナリオ分析によって、危機の影響で企業のパフォーマンスがどれだけ減少するかを計算し、その結果によって、対策を編み出すことを提唱している。
サプライチェーンの見直しの必要性
さらにEMIは、Prepare(準備)の段階では企業経営者に対し、「危機が起きた時に、企業の基幹事業をどの程度維持するべきか?そのためには、どのような対策が必要で、費用はどの程度かかるのか?」というテーマについて検討することを勧告している。2020年春のコロナ第一波では、多くのドイツ企業が国境閉鎖によるサプライチェーンの断絶によって、大きな悪影響を受けた。このためEMIは、企業に対して「どの部品供給メーカーが不可欠か?そのメーカーからの供給が途絶えた時に、他の企業から供給を受けられるか?」というテーマと体系的に取り組むことを提案している。そのためにシュトルツ氏は、危機のシナリオと、そのシナリオが企業にどのような影響を与えるかについて、事前に詳細な想定を行うことを勧めている。
EMIによると、2019年にドイツが輸入した電機部品・製品の27%は中国からの物だった他、ドイツの抗生物質の原料の大半は中国で製造されている。コロナ・パンデミックによるサプライチェーンの一時的な切断は、経済的な理由で部品や半製品の供給について特定の国に依存することの危険性をはっきり示した。シュトルツ氏は、企業経営者に対して、今回の経験をきっかけとして他社・他国への依存状況を体系的に把握し、次の非常事態に備えて、依存度の削減などの努力を始めるべきだと主張している。EMIが約200社のドイツ企業を対象として2017年に行った聞き取り調査によると、当時すでに回答企業の57%が、企業の存続に関わる可能性のあるサプライチェーンの一時的な切断を経験していた。
経産省はイノベーションによる体制強化を重視
日本でも一部の経済研究所が、コロナ・パンデミックをきっかけとしたサプライチェーンの脆弱性の点検の必要性について研究報告書や提言を発表している。その中で注目されるのは、経済産業省の産業技術環境局が2020年6月に公表した「コロナ危機を踏まえた今後のイノベーション政策の在り方について」という報告書である。この中で経産省は「人口の6~7割が感染するまで大流行は停止せず、パンデミックが少なくとも2年間は続く可能性を念頭に置いて対策を考える必要がある」と指摘するとともに、「人間社会の自然界への進出、人間の住環境と動物の生息地域の接近、グローバル化、気候変動などによって、今後もグローバルもしくは局地的な感染症再発のリスクは増大する」と警鐘を鳴らしている。
その上で経産省は「人工知能を駆使して感染症対応を強化するとともに、接触を減らすためのデジタル化、オンライン化、オートメーション化を加速するべきだ」と提唱している。同省は、「将来は日本でも、大都市圏から地方への移住希望者の増加、テレワークの普及、労働市場のグローバル化、デジタル化、グローバリズムの修正などの根本的な変化が見られるようになるだろう」と予測している。
日本政府がコロナ危機の勃発以降、DX(デジタル化)を強く提唱していることの背景にも、経産省のこうした研究結果がある。経産省はこの報告書の中で世界経済フォーラムのシュワブ会長の「第4次産業革命のイノベーションを活用した上で、公共の利益特に健康と社会的課題に取り組み、資本主義社会のグレート・リセットを行うべきだ」という意見を引用している。
パンデミックで重要性を増したインダストリー4.0
ドイツ政府と学界は、2011年にインダストリー4.0計画を公表し、製造業のデジタル化については先駆的な役割を果たしてきた。経済のデジタル化、特に感染症の大流行時にも生産を続けられるリモート製造技術の実用化は、2020年春のパンデミックの勃発によって、一段と緊急性を増している。インダストリー4.0は、スマート工場に関する構想の中で、工場でのオペレーションを自宅などの遠隔地からコントロールする技術について、当初から想定してきた。このテクノロジーは、新たなウイルスの拡大などによって、人間が工場で働けなくなる事態に備えて、レジリエンスを強化するために活用できる。
日本とドイツは、ともにものづくり産業を柱とする、貿易立国であり、将来の非常事態下でもパフォーマンスを維持するための戦略を必要としている。その意味で、日独間の社会と経済のデジタル化とレジリエンス強化についての協力や共同研究は、今後益々重要性を増すに違いない。
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熊谷徹氏プロフィール
1959年東京生まれ。1982年早稲田大学政経学部経済学科卒業後、NHKに入局。日本での数多くの取材経験や海外赴任を経てNHK退職後、1990年からドイツ・ミュンヘンに在住し、ジャーナリストとして活躍。ドイツや日独関係に関する著書をこれまでに20冊以上出版するだけでなく、数多くのメディアにも寄稿してドイツ現地の様子や声を届けている。