モビリティの未来 ―日独が自動運転技術に関する共同研究を強化へ―

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2021年5月12日

【文:熊谷 徹】

自動運転技術は、モビリティ革命の中で最も重要な分野の1つだが、2020年6月に日独両政府はこの技術の共同研究を深化させる方針を打ち出した。

アニヤ・カルリチェク ドイツ連邦教育研究大臣は、「自動運転技術は、モビリティに関連するテクノロジーの中で最も有望な分野の1つです。この技術は、両国の自動車業界にとって、新たな成長市場を生むという経済的な意味も持っています」と述べてこの技術の重要性を強調。

さらにカルリチェク大臣は、「日独は、過去においてもこの分野に関して協力してきましたが、今回両国が自動運転技術の安全性を高めるための共同研究プロジェクトをさらに深化させると決めたことを、嬉しく思います」と語った。大臣は、「両国の共同研究は自動運転技術の信頼性を高めることに貢献するでしょう」と述べ、このプロジェクトに強い期待を寄せていることを明らかにした。

また日本の竹本直一内閣府特命担当大臣(科学技術政策)(当時)は、「自動運転には、情報通信技術やビッグデータを活用したデジタルトランスフォーメーションを通じて、社会に新たな価値を創造する大きな可能性が秘められています。これらのテクノロジーを活用して自動運転を社会実装するには、国際的な連携が不可欠です」と述べ、各国間の協力の重要性を指摘。

さらに竹本特命担当大臣は「この連携を通じて、交通事故の削減、少子高齢化に対応した高齢者や交通制約者のモビリティの確保、交通サービスにおけるドライバー不足への対応などの社会的課題の解決に貢献する自動運転技術の社会実装がさらに加速されることを期待しています」と述べ、自動運転技術が社会に様々な付加価値をもたらすという見方を明らかにした。

ドイツ連邦教育研究省(BMBF)と日本の内閣府は、2017年に「自動運転分野における科学的な交流や共同研究」に関する共同声明に調印している。その後両国の専門家たちは、毎年共同のワークショップを開き、技術協力のための協議を重ねてきた。両国の共同研究の重点は、自動運転技術のための電子システムとソフトウエアの安全性を評価するシステムの共同開発や、自動運転車へのサイバー攻撃を防止しリスクを軽減するための技術に置かれている。特にサイバーセキュリティは、車のデジタル化の安全性を確保する上で重要な分野である。

ドイツ政府は、自動運転技術を重視している。BMBFは、2019年6月に連邦経済エネルギー省(BMWi)、連邦交通デジタル・インフラ省(BMVI)とともに、「自動運転技術の研究に関する行動計画」を発表した。

この行動計画は、連邦政府の「ハイテク戦略2025」の一環だ。自動運転技術に関連する3つの省庁の役割分担や、研究助成に関する方針を明確にするための指針である。3つの省庁が個々に行ってきた研究支援を束ねて、助成の効率性を高めることも重要な課題だ。

この行動計画によると、ドイツは自動運転技術が次の3つの目標を満たすことを求めている。

(1) 自動運転技術は、安全でなくてはならない。(交通事故死者数の大幅な削減。信頼性の確保など)

(2) 自動運転技術は効率的で、環境への負荷が少なく、誰もが払うことができる価格水準であり、市民のニーズに即した物でなくてはならない。

(3) 自動車製造の重要な拠点であるドイツの技術的なリーダーシップを、自動運転技術においても長期的に維持しなくてはならない。

これらの目標を達成するには、ドイツの製造業界は新しいテクノロジーを開発し、早急に身につけなくてはならない。

たとえば自動運転技術の開発には、マイクロエレクトロニクス(微細電子工学)の技術水準を現在よりも高める必要がある。ドイツが現在の自動車業界での優位を将来も維持するには、伝統的な自動車製造技術に、マイクロエレクトロニクスなどのテクノロジーを組み合わせることが不可欠である。

BMBFのクリスティアン・ルフト教育研究次官は「自動運転技術は、モビリティー、安全確保と個人情報保護という3つの要件を全て満たす必要がありますが、現在のところ信頼に足るテクノロジーは開発されていません。そこで我々はこの行動計画を通じて3つの省庁の力を結集させることにより、エレクトロニクス、センサー技術、人工知能、ビッグデータなどに関する重要な研究プロジェクトを、漏れなく支援することにしたのです」と述べている。

BMBFはこの行動計画の中で、国際的な連携の重要性を強調しており、日本との共同研究の重要性について触れている他、フランス、ルクセンブルク、中国とも提携していることを明らかにしている。

また行動計画によると、3つの省庁は自動運転技術に関する重点支援項目を次のように分担している。

BMBF
• エレクトロニクスとセンサー技術
• 人工知能
• ITセキュリティ
• 持続可能性
• 人間と機械のコミュニケーションのための技術
• 社会と地方自治体の要請

BMVI
• インフラストラクチャー
• 人間と機械のコミュニケーション
• 交通管制システム
• 自動運転技術の公道での実証試験

BMWi
• 交通手段のシステム的側面
• 新しいハードウエアとソフトウエアの開発
• 高度な自動運転技術のための人工知能の活用
• データの分析、加工
• 安全性の評価と認証

日本とドイツは、どちらも資源を輸入して高付加価値の製品を作って輸入する、物づくり大国である。両国にとって、自動車産業は製造業の大黒柱だ。その意味で、自動運転技術をめぐる米国や中国との競争に打ち勝つためには、両国が共同研究を行うことの意味は極めて大きい。

米国のIT企業は、すでに特定の町の公道で自動運転タクシーによる実証実験を行っている。一部のタクシーは完全に無人で、市民はスマートフォンのアプリでタクシーを呼ぶことができる。日独ではまだそのような実験は行われていない。両国の共同研究によって、自動運転技術が飛躍的に進むことを期待したい。

 

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熊谷徹氏プロフィール

1959年東京生まれ。1982年早稲田大学政経学部経済学科卒業後、NHKに入局。日本での数多くの取材経験や海外赴任を経てNHK退職後、1990年からドイツ・ミュンヘンに在住し、ジャーナリストとして活躍。ドイツや日独関係に関する著書をこれまでに20冊以上出版するだけでなく、数多くのメディアにも寄稿してドイツ現地の様子や声を届けている。